COLUMN - 鎌倉の猫事情 その三

そうです。あのカラスどもが町へやって来るまでは、この辺りの屋根の上 には平和で秩序に満ちた暮しがありました。ボス猫であるあのお向いの 白猫が威厳に満ちた態度で屋根の上に寝そべり、ちらりと廻りを見渡すだ けで、その邪魔をしたり、やっかい事を起すものはだれもいませんでした。 当時、近所にでっかい茶色のトラ猫もいましたが、彼はその姿形に似合 わず、争いやもめごとを嫌い、ミルクホールの裏手にある、看護婦さんたち の住む寮の塀と屋根を領分として静かに暮らしていましたし、町の古顔の 黒白のブチ猫のマリちゃんは高い所を好まず、小町通りからミルクホール 前に抜ける裏道を歩き回っていました。マリちゃんはむしろ人間との交際が広く、裏道のアイドルとして親しまれ、町内の猫 中でマリちゃんの名だけは知られていました。だれかに道 で「マリちゃぁん」と声を掛けられると、マリちゃんの方でも愛想よく返事を返していたものです。ミルクホール前の道は小町通りのバイパスとして商店街の生命線というべき重要な役目を果たしています。ほとんどの商店が小町通りに集中していますが、小町通りは狭く配送の車と観光 客と地元の買い物客でいつも交通はマヒ状態です。ですから商店の仕入 れや配達、郵便やさんなど急ぐ人達は自転車やバイクでこの裏道を走り抜けていき ます。この裏道は地元で働く人達の道なので、人も猫も顔馴染みになるわけです。 もちろん、この裏道に長く住んだミルクホールのシュガーちゃんも古株猫の一匹には 違いないのですが、美味しい餌に釣られたのかどうか、過去に一年あまりの間、この 裏道を離れてよそのご主人に飼われていた事がありました。そのご主人は一風変わ った人で、立派な黒猫に首輪と鎖をつけて、よく夕暮れの町を散歩しているのを見 かけられていましたが、その途中でシュガーちゃんと知り合ったのでしょう。一年後 シュガーちゃんが家に戻ると、ミルクホールにまで迎えに来られたほどでしたが、 私達はきっぱりと断りました。その事は、シュガーちゃんの若気の至りではありますが、 ご近所では、人も猫も知らぬものはなかったでしょうね。

to be continued

1999 Milk Hall Times 61th