COLUMN - 鎌倉の猫事情 その二

猫の話に入る前に、ちょっとカラスの事をお話しなければなりません。 私の記憶では、十数年前まではこのあたりの住宅街に、カラスはいなかったと 思います。たまに、川の浅瀬の小魚を狙って、海辺から遡ってくる離れカラス が見かけられるくらいで、カラスは浜にいると決まっていたものです。 海には、カモメがいます。彼らは水に浮かぶ事ができ、少しなら潜ることが できますから、大きな魚に追いかけられて水面に上がってくる小魚や、丁度 今頃の季節、のんびりとキス釣りをする釣り人がうっかり落とした魚は彼らの ものです。しかし仲間同士の争奪戦の末に獲得した魚も、すばやく食べてしま わなければ、上空からそれを見ていたトンビが急降下して、大きな嘴で獲物を 奪い取ってしまいます。 トンビはカモメより高く、カラスより長く、上空を飛び廻る事ができ、 飛翔も降下も自由自在な飛行の名人です。大空は彼らの領分です。 海ではカモメが働き、トンビがそれを奪う。では、カラスは何をするか と言えば、拾います。飛ぶのが苦手で、泳ぐ事も浮く事もできない カラスは歩き回るのが得意です。とにかく浜を歩き回って死んで打ち 上げられた魚や、トンビが落としていった魚を拾って食べるしかない のです。

カラスは朝早く浜へ行って、漁師の地引網の手伝いをします。 網目に引っかかった小魚をついばんだり、浜で干からびた魚を食べて 掃除します。この領分がなければ生きては行けませんから真っ黒な 集団となってなわばりの浜を守っています。 ところが何年か前からこのバランスが崩れ始めました。 いったい何があったのでしょう。カラスの集団は街への進出を決めたのです。 早朝路地に出される家庭や商店からの残り物が目当てです。もちろん、 食べ残しをカラスに献上するのを、とやかく言うわけではありませんが、 困った問題は色々あります。そのせいでマスターはすっかり腰を悪くしてしまいました。 ここで寝ると腰の調子が良いと気に入っている南向きの三畳間の前の庇で、いつも明け方からカラスの大騒ぎが始まるのです。 とても寝てはいられません。また、店で皆が家具直しに使う黄色い真新しい軍手がなぜか気に入って、ある朝窓を開けると、 あたりの屋根一面にカラスがとまり、それぞれが得意げにうちの黄色い軍手をくわえているのです。それは、恐ろしい光景でした。 そんなわけで、屋根はことごとくカラスに占領されてしまったのです。 あ、すっかりわき道にそれてしましいましたが、 こういう事情でこの辺り猫は寝床の屋根を追われてしまい、今では、カラスの顔色を伺う始末です。 昔から日当たりの良い屋根は猫のものと決まっていたのですがね。 本当に困ったものです。

to be continued

1999 Milk Hall Times 60th