COLUMN - 鎌倉の猫事情 その一

猫のシュガーちゃんが天国に召されてからもう、一年と一ヶ月が過ぎました。 シュガーちゃんはミルクホールの一部となって、15年もの長い生涯を、皆に愛さ れ疎まれながら、その最後をまっとうしたミルクホールの伝説とも言える猫です。 シュガーちゃん亡き後、ミルクホールの時間はさほど変わりなく過ぎている様に 見えます。しかし、この界隈の猫事情はずいぶん変わりました。かつて猫たちの 集会場だったこの先の路地のお家も、一人暮らしのおばあちゃんが京都の息子さ んのお宅に引き取られたとかで無人になってしまい、そのせいかどうかめっきり 猫たちも見かけなくなりましたし、放浪癖のあるシュガーちゃんの家出先でもあ った無類の猫好きの和田さんのおじいさんの家も、ご夫婦が東京の息子さんの家 へに引っ越されてすぐ取り壊されました。和田さんちは昔風の平屋で縁側も縁の 下もあり、特に凝った手入れもしない庭もあり、猫の晩年にとっては実に過ごし 安い家だったのだろうと思います。一時は、家出をしてご近所の飼い猫になるな んて猫の風上にもおけない非礼な猫だと怒りも覚えましたが、今ではそれも理解 できる気もします。何しろ今の街中ときたら、気持ちよくウンコできる土の地面もままならないのです。 猫好きのご老人が一人また一人と姿を消して行き、とともに高齢化した猫たちもさまざまな運命と寿命をまっとうし、 寂しい路地になりつつあります。その猫たちの中でシュガーちゃんも一目を置いていたフルハウスのお向いの白猫は、 お汁の沁みのような薄い茶色のブチが尻尾とお腹のあたりにあり、右目の上には古傷を、連戦の爪跡と思われる カギザキを両耳に持ち、若い頃は実に堂々としたボス猫として界隈の屋根に 君臨していたのが、だんだん年をとり、屋根の上で寝ている姿がまるで薄汚れ た使い古しのバスタオルを丸めて置いたように見えるようになっていたのを、 皆で指差して笑っていたのですが、しばらくすると、その屋根の上から姿を消し、 ついに死んでしまったのかと思っていたところ、その一年後には、飼い主宅の ガレージで遊びまわる悪ガキたちの片隅に、ぼろ雑巾のような毛並みの変わり 果てた姿となって毛繕いをしているのを目撃されています。違う猫かとも思ったの ですが、耳のカギザギと右目上の古傷によって同猫と判別できたのでしだ。足の力がなくなり とうとう屋根にも上れなくなっていたのでしょう。思えばお向いの白猫の衰退がこのあたりの 猫事情を一変させたのです。

to be continued

1999 Milk Hall Times 59th